看護師としてのスタート

 

私は人と関わることが好きで、そしてありきたりかもしれませんが、ひとの役に立ちたいと思い看護師の道を目指しました。

看護師として11年間、急性期の病院で勤務しました。

看護師の仕事は決して楽ではありませんでしたが、その中でも私は看護師として、人の心に強く興味を持ちました。

仕事をする中でも患者さまとゆっくりお話をすることが大好きでした。

 

そんな思いで働いている中で、看護学生に関わる仕事をさせていただく機会がありました。

その仕事をしているうちに、もっと学生と向き合いたいという思いが強くなり看護師ではなく、看護学校の教員として再出発を決めました。

それが、4年前です。

それからは、いろんな思いを抱えている看護学生と向き合ってきました。

今の学生はとても繊細です。

こちらの言葉に一喜一憂する学生を前に色々と学ぶ日々を過ごしました。

そんな学生たちと過ごす毎日でしたが...

 

 

娘との闘いの日々の幕開け・・・

 

私には子どもが3人います。

教員3年目、真ん中の娘が小学校に入学して1か月ほど経過した頃。

ある日、長女が小学校に行きたくない…と一緒に登校していた兄の横で道端に座り込んでしまったのです。

兄がすぐに私に連絡をくれ、私は飛んで行ったのを今でもよく覚えています。

最初、私には娘の学校に行きたくないという気持ちがなかなか理解できず、無理矢理学校に連れて行く日々を過ごしました。

そうしている内に、家の柱にしがみつき家から出られなくなりました。

その時、その姿を見て私はハッとしました。

 

患者さんの心、学生の心...

そんな風に人の心に寄り添いたいと思って看護師をしていたのに、自分の娘の心を理解出来ていない…。

 

それからは、本当の意味で娘のいちばんの理解者になろうと思い、仕事を休職し娘と一緒に小学校へ登校することから始めました。

 

最初は思い通りにいかないことに悩み、苦しみ、もがき...

 

でも、いつも心には『この子はこの子のペースで一歩ずつ進んでいくはず。誰がなんと言おうとそれを私が必ず見守る。 』という気持ちがありました。

 

その気持ちでなんとか日々を乗り切ってきたんだと思います。

 

 

娘との関わりから新たな道へ・・・

 

娘は、ASD(自閉症スペクトラム)とADHD(注意欠陥多動性障がい)の診断を受けました。

 

そんな娘ですが、私の子どもには変わりありませんし、私は診断を受けて恥ずかしいと思ったことも後悔したこともありません。

なので、周囲にも隠さずにいます。

 

話しはだいぶそれましたが、こんな私がこの仕事をしようと思ったのは・・・

自分が看護師として経験したこと、発達障がいかも?と思い悩んだ1人の母親として経験したこと、発達障がいの診断を受け、現在も娘と日々向き合いながら生活をしている1人の母親として経験していること…

 

こんな経験をもとに、今悩んでいる方の力になる!!

なんて大それたことは言えませんが、ほんの少しでも子どもと親が『一歩』ずつ前へ向かうお手伝いをしたい。

そんな思いから、このカウンセリングルームを開設いたしました。

 

 

皆さまが『一歩』ずつ前へ進むお手伝いが出来る日を心よりお待ちしております。

 

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